会長挨拶

「これまでの宇宙実験とISS利用の展開」

 

日本マイクログラビティ応用学会(JASMA)会長の石川でございます。

JASMAは、第1次材料実験(FMPT)計画の開始年と時を同じくして活動を開始し、昨年(2013年)発足30周年を向かえました。流体、材料、生命科学の研究者が一堂に会する学際学会として、専門学会の皆様と連携、協力関係を維持しつつ、今日に至っています。

さて、最近ISSでの実験が順調に進行し、その成果も次第に一般の目にとまるようになってきました。特に、物質・物理科学分野の実験は、宇宙実験計画の最初期から、一貫したテーマのもと、実験を続けてきており、最近のISS実験から優れた成果が生み出されるのも、これまでの蓄積が大きくものをいっていると考えます。今後、従来にも増して多様なISS実験が実施され、研究成果が身近に報道されようとする状況を踏まえて、過去の宇宙実験を振り返りながら、ISS実験のこれまでとこれからについて述べてみたいと思います。

 

日本の宇宙実験史

日本の有人宇宙実験計画は、1979年に発足、実質1980年初頭より開始されました。最初期の宇宙実験は、TT-500Aという追尾機能試験を目的として設計された小型ロケットを改良して実施されました。我が国独自の実験手段により実現した無重力実験として記念すべきものでありました。当時の金属材料技術研究所が合金製造、理化学研究所が半導体製造の研究を担当し、大学研究者と共同して実施いたしました。

これら実証実験を通して明らかにされたのは、宇宙での新性能を有する材料の創製という、全く新たな科学技術の可能性でありました。また、NASAが1981年にスペースシャトルを投入したことにより、人が宇宙に行って仕事をする宇宙の産業利用の機運が一気に高まったことは、皆様のご記憶にあるとおりです。

90年代は、1986年のチャレンジャー事故により、宇宙へのアクセスが当初計画と比べて大きく制限されたこともあって、宇宙の産業利用は大きな後退を迫られました。幸い日本では、TR-1AというTT-500Aよりも一回り大きい小型ロケットによる宇宙実験が開始され、シャトル実験の不足を補うに足る本格的な微小重力実験が始まりました。1992年にはFMPT実験も成功し、その後はスペースシャトルがこの90年代を牽引しました。

加えて、地上で簡易に無重力実験ができる落下塔、航空機による弾道飛行が、民間会社の参入により始まり、一般にも普及するようになりました。これら手段は、スペースシャトル実験と比べると地味ですが、研究者が思いついた様々なアイデアを手軽に試験できる実験手段として、無重力実験の裾野を広げる役割を担いました。

このように90年代は、宇宙実験が最も躍進した年代です。1996年に改訂された宇宙開発政策大綱では、宇宙実験を「軌道上研究所」と呼びました。この考えは、宇宙実験の成果を地上研究にフィードバックすることによって、地上の科学技術、産業技術に貢献しようというものです。これを後押しするために、先導的応用化研究という制度も始まりました。

2000年代は、いよいよISSの時代となります。しかしながら、2003年に再びコロンビア号の空中分解という、重大事故が発生し、宇宙の産業利用はいっそう遠のきます。かわりに基礎研究シフトが起こり、科学的成果への要請が強くなりました。実験機会の減少に対する対応として、この基礎科学シフトはある程度有効に働き、一つの実験装置を皆で使い回す、国際共同研究の機運をつくりだしました。

次に、これら30年に及ぶ宇宙環境利用の成果を俯瞰して、2010年代及びそれ以降に向けたISS利用のあり方を予見してみたいと思います。

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宇宙の産業利用:新材料創製の試み

まず、宇宙の産業利用を牽引した「新材料創製」とは何だったのかを見てみます。

当時産業界は宇宙環境での材料実験に強い関心を示しました。このスライドには、FMPTで計画された具体的な材料とその産業応用への期待をまとめました。当時の先端材料ほとんどの分野に及んでおり、間違いなく最高水準の材料研究を目指すものであったと思います。

スライドにお示ししましたとおり、半導体では低欠陥、高品質の単結晶育成、無機材料では高純度ガラスの製造、複合材料では超電導線材などの高機能化、超硬合金の組織制御、無用器処理技術など、現在においても材料技術の根幹をなす重要なテーマが目白おしです。

しかしながら、宇宙へのアクセス制限は、「第2次材料実験」の実施を不可能としました。幸いにも当時の日本企業にはまだ余力があったことから、半導体製造実験は、回収型衛星による再実験へと引き継がれました。それでも宇宙へのアクセスが困難さを増したという事実は、宇宙の産業利用にとっては致命的な障害であることを痛感いたしました。

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軌道上研究所の展開

次に、「軌道上研究所」について見てみます。宇宙で物を作る替わりに、地上での生産技術に役立つ有用な知識を得ることを狙う考え方です。実験手段には、小型ロケット、スペースシャトル、回収型衛星、ISSを含みます。実際に物を作らなくて良いとなると、小型ロケットのような短時間実験手段を用いて達成できるテーマも射程に入ることになります。

取り上げられたテーマは、結晶成長のその場観察、コロイド、液柱形成とマランゴニ対流、沸騰、気泡、熱物性測定、燃焼などです。これらの成果により、日本の宇宙実験技術は、欧米に勝るとも劣らないレベルに達しました。

特筆できるのは、回収型衛星であるSFU、USERS実験です。これら衛星実験では、シャトル、ISSと比べて安全性基準が大幅に緩く、産業界が要求する実材料を用いることができます。実際に、ダイヤモンド薄膜、化合物半導体、酸化物高温超電導材料を宇宙空間にて製造するという、宇宙工場の実現に迫る、意欲的な取り組みとなりました。

余談とはなりますが、実際に宇宙実験を実施してみると、宇宙環境では予期せぬ現象に遭遇します。特に、微小重力下でのマランゴニ対流の発生、容器と融液との濡れ性など、流体に作用する、表面現象及び界面現象は、実験の成否を決する事態を招くことを学びました。

このような表面張力現象は、地上にいると気づかないだけで、結晶成長や材料製造の現場においては、暗黙知として制御されていたことがわかりました。マランゴニ対流は、宇宙実験によって詳細に調査された結果、材料製造の現場でも常識になっています。

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ISS利用で成果が期待できる領域

このスライドには、2014年以降計画されているISS実験につき、関連する応用分野とイノベーションへの期待を示します。これまでの宇宙実験の成果として、ここにあげた8つの実験対象:結晶、自由液体、濡れ、拡散、分散・凝集、気泡、化学反応、プラズマは、どれも微小重力下で顕著な現象を示すことが分かっています。また、それぞれが、情報、創薬・医療、エネルギー、医療機器、安全安心、環境分野の技術革新と深い関係をもっています。

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宇宙実験の「表」と「裏」

最新のISS実験では、巨大液柱でのマランゴニ対流実験、高品質タンパク質の結晶成長実験が行われ、最先端の科学知識が得られております。宇宙実験の仲間内では、宇宙実験を水面に出た氷山の頂上にたとえます。見えない水面下にある、多くの地上実験と緻密な計画、関連する宇宙実験の知見などに支えられてはじめて、説得力のある成果が得られるのです。このスライドには、このような経験を宇宙実験の「表」と「裏」という考え方で整理してみました。

「表」の宇宙実験とは、オリジナリティの高い戦略的研究、産業競争力を高めるような国家的研究を指します。ここでの研究は、最先端の実験装置と実験手段を使って、まだだれもやったことがない実験を実施することから、失敗のリスクが大変高まります。実際に、スペースシャトルや回収型衛星を使った実験では、必ずしも全ての実験が成功した訳ではなく、予期せぬ現象に悩まされ、失敗した実験もいくつかあったと聞いています。

このような失敗実験を防ぐために、「裏」方の実験が必要となります。アイデア検証、技術実証などのタマごめ、人材の育成、さらには関与する研究者の裾野を広げる努力が必要となります。スライドにまとめましたとおり、過去行われた「表」の実験を支える多くの「裏」の実験が行われてきたという事実が、日本の宇宙実験の最善の姿であります。

これから行われるISS実験の課題は、一発勝負の実験が短時間の準備で進められることにならないかという危惧です。多額の公的資金を使う宇宙実験の失敗は、さらに悪循環を生むことになります。

このような状況を回避するために、私が期待を持っているのは、「準軌道実験」の導入です。新聞情報になりますが、今年はサブオービタルの宇宙飛行ビジネスが解禁される年となります。宇宙ベンチャーの活動は確実に進展しており、小型ロケットよりも安価に有人飛行ができる時代がもう来ています。

この新しい実験手段が活用できれば、多くのISS予備実験が可能となります。さらには、一般市民による“サブオービタル宇宙旅行”が普及することになれば、様々のアイデア実験が行われるに違いありません。2020年代、ISS実験は、ひょっとしたら日本、世界の一般市民によって支えられているかもしれません。

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JASMAの活動戦略

最後に、日本マイクログラビティ応用学会の活動戦略についてご紹介して、お話を締めくくります。

戦略の第1は、宇宙実験総合レビューです。これは、単なる実験成果のレビューではなく、宇宙実験の経験のない一般の研究者に科学技術の発展に貢献する宇宙実験の魅力を伝えることが目的です。アカデミア、産業界の垣根を越えて、もっと多くの研究者が宇宙実験に参加できるきっかけをつくることを狙います。JASMA誌は、1700件を越える宇宙実験記事を収録し、オープンアクセスの電子ジャーナルとして一般に公開されています。総合レビューにつきましても、インターネット上にて積極的に情報発信をしたいと思います。

第2に、教育研究プログラムの推進です。これまで30年間の蓄積が、教育の現場で自由に活用されるよう、ビジュアル、プレゼン資料などを学会員の協力を得て収集し、教材化を促します。次代を背負う若手研究者に、宇宙へのワクワク感を実感してもらい、自ら実験者として宇宙に飛び出すための実験力を養ってもらうことが狙いです。

最後は、国際協力プログラムの推進です。日本は、宇宙実験の分野で確かに後発国としてスタートしました。しかし30年を経て私たちの活動は、今年10月にアジア7カ国の協力を得て、「アジア微小重力シンポジウム」として結実します。これから宇宙利用を進めようとしているアジア諸国との競争と協調を目指したいと思います。また、来年9月には、京都にて伝統あるISPS-6(第6回 宇宙における物理科学に関する国際シンポジウム)を主催いたします。これら活動を通して、ISSの国際共同プログラムとして国際教育研究ミッション枠の運用を提案するなど、日本の活動を発信していく予定です。

皆様のご支援、ご協力をお願いする次第です。

平成26年2月1日

日本マイクログラビティ応用学会

会長 石川 正道

会長就任の挨拶(2013年)

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